生き方の種類を知る② ひたすら技術を研鑽する『職人』的な生き方

どんな生き方をすればいいのだろう、どんな生き方なら「人生」という大きなものを充足できるだろう。…20代はじめの頃、わたしが悩んでいたことです。

腕を磨き、技を研鑽する人生。そんな「職人」的な生き方もまた、探求を好む人にはぴったりの、素晴らしい生き方です。

今回は「職人」的な生き方について紹介します。

「職人」的な生き方をする人が大切にするもの

職人的な生き方をする人が大切にするのは、自らが極めようと思った「道」の追究です。

なにかひとつのことについて、納得のいくまで追究し、自らの技量や知識を高めていく。その研鑽した技量と知識そのものを人生の価値や誇り、生きがいとするのです。

職人的な生き方は、なにかひとつの物事に没頭するのが好きな人には挑戦しがいのある生き方です。人生をかけていい、と思える「道」を見つけたら、その道のどこまでも先を目指すのも良いでしょう。

そして、追究した道の先には芸術であれば「表現」が、ものづくりであれば「もの」や「受け取った人の喜び」があるでしょう。それらもまた職人的な生き方の喜びのひとつです。

「職人」的な生き方をする人の仕事

「職人」的な生き方は、仕事と結びつく場合が多いです。もちろん仕事と結びつかない場合もありますが、仕事と結びついた場合、毎日の大半の時間を自らの「道」の追究に費やすことができます。

むしろ、偶然選んだ仕事が面白くて、それにのめり込んでいるうちに「職人」そのものになっている人も多いです。誰しも始めてみなければそれにのめり込めるかどうかはわからないので、このパターンの人はかなりいることでしょう。

切磋琢磨が求められる職人の仕事環境はきびしいものですが、嘘偽りのないシンプルな世界です。良いものをつくる腕がある人だけが評価されるのは、ごちゃごちゃした人間関係の中で日々を暮らすより、よほど気持ち良いと感じる人も多いことでしょう(もちろん、職人的な世界でも人間関係にまつわるごたごたは一定レベル存在するのではありますが)

「職人」的な生き方をしていく中で、「道」の追究のために転職をすることもあります。今いる場で学ぶことがなくなったとき、新たな場へ身を移し、さらなる高みを目指すのは良い方法でしょう。

転職して新天地で1からやり直すのは簡単なことではありません。しかし、自らの研鑽を善しとする「職人」的な在り方としては、あえて簡単ではない道を選ぶのはある意味宿命的なものでしょう。

「職人」的な生き方をする人のプライベート

「仕事」が自らの追究する「道」と一致している場合に限りますが、「職人」的な生き方をする人にプライベートはありません。あるいは「仕事」と「プライベート」との区別がないとも言えるでしょう。

自ら望んで追究する道なので、「職人」的な生き方における仕事はプライベートと同一です。仕事も仕事以外も、ある意味ではすべてがプライベートと言えるのかもしれませんね。それはそれで、適正のある人には居心地の良いものです。

一方仕事と「道」が一致していない人にとっては、人生における「仕事」の立ち位置はさほど高くありません。仕事はあくまでそこそこにして、仕事以外のプライベートに、一日分の集中力を費やすのです。

自らの「道」に力を費やすのは、心地よいものです。ランナーズハイのような高揚感のまま、静かにひとつの物事に注力して、力尽きたところで一日を終える…そういう過ごし方を心地よいと思える人には、職人的な生き方が向いているかもしれませんね。

「職人」的な生き方のはじめかた

特別なことは必要ありません。あなたが見定めた「道」を、ただ真摯に歩めばいいのです。

妥協せず、さらなる高みへ至るための「目」と「足」をもってして、自らの「腕」を磨くのです。目も足も腕も、すべてはたったひとり自分のものです。歩きはじめるのに必要なのは自分自身、その身ひとつで十分なのです。

まだ自らが追究したいと思える「道」を見つけられないでいる人は、焦らずひとつひとつ、色々なことに触れてみましょう。仕事にせよ、創作にせよ、始めてみなければそれを好きかどうかは分かりません。

ともかく色々なことに手を付けてみて、「これだ」と見定めたものを真摯に取り組んでみましょう。

あなたの「道」への向き合い方が真摯であれば、「道」もまたあなたに素晴らしい景色を見せてくれるでしょう。

まとめ

「職人」的な生き方は、物事を探究することに楽しみを見いだせる人にはぴったりの生き方です。

自らの腕を磨き、技を研鑽した先には、そこでしか見えない景色があることでしょう。

「より高みを目指す」という競争の世界ではありますが、人と比べて焦る必要はありません。なにかひとつ道を見定めて、自分の心に真摯に向き合いながら探究していくのはとても「人」らしい生き方で、それ自体が尊いことです。

そういった探究の精神が、きっと、現代に至るまでのヒトの「文化」や「文明」をつくってきたのですから。